前回の記事では「ボディビルダーと野球選手では、ウエイトトレーニングの目的が全く違うよ」というお話をしました。
今回はその続きとして、「じゃあ、野球選手はウエイトトレーニングをどれくらい(何キロ)までやればいいの?」という疑問にお答えしていきます。
ウエイトトレーニングで最も陥りやすい罠は、「重いものを挙げることが目的になってしまうこと」です。
今回は、米国最先端のパフォーマンス施設でも実証されている「エリートレベルの最終目標値(上限)」と、そこに向かうための考え方をお伝えします。
- 「ウエイトトレーニングを始めたけど、何キロまで目指せばいいか分からない」という選手
- 「筋肉をつけすぎると、野球の動きが鈍くなるのでは?」と不安な選手
- 「感覚ではなく、科学的根拠のある目標数値を選手に提示したい」という指導者
このような疑問や不安を持つ方にとって解決のヒントになればと思います。
筋トレの罠:「収穫逓減の法則」を知っておこう
具体的な数値を出す前に、絶対に知っておいてほしい「大原則」があります。
それは、トレーニングには「収穫逓減(しゅうかくていげん)の法則」が働くということです。
例えば、ピッチャーの球速。
130km/hを140km/hにするのと、150km/hを160km/hにするのでは、同じ「+10km/h」でも費やす労力が全く違いますよね。
ウエイトトレーニングも全く同じです。
例えばスクワットを100kgから120kgに伸ばす過程は、実際のプレー(球速やスイング)に大きな好影響を与えます。
しかし、「180kgを200kgにするための膨大な労力と疲労」は、競技パフォーマンスにはほとんど還元されません。
野球選手はパワーリフターではありません。
ある一定の「十分な強さ(Strong Enough)」に達した後は、重さの追求を止め、スキル練習や瞬発力のトレーニングへ移行していく判断基準(上限値)を持つことが不可欠なのです。
目指すべきはココ!「BIG3+懸垂」の上限目標値【一覧表】
それでは、野球選手が目指すべき具体的な数値を発表します!
ここでは、いわゆる「BIG3」と呼ばれる種目に「懸垂(引く動き)」を足した4項目を指標にします。
米国最先端のベースボール施設(Rockland Peak Performance等)の基準に照らし合わせても、以下の「体重比(自重に対する倍率)」が、これ以上は重さを追求しなくてよいゴールとなります。
| トレーニング種目 | 役割・目的 | 第1目標 | 最終目標(上限の目安) |
| ベンチプレス | 上半身の「押す」力 | 体重の 1.25倍 | 体重の 1.5倍 |
| スクワット | 下半身の力・姿勢保持 | 体重の 1.8倍 | 体重の 2倍〜2.25倍 |
| デッドリフト | 背中〜足裏の立ち上がり | 体重の 2倍 | 体重の 2.5倍 |
| 懸垂(チンニング)※ | 上半身の「引く」力・ブレーキ | 自重 | 自重 + 20kg の重り |
(※懸垂のやり方:順手で万歳し、肩幅より拳1個〜1個半ほど開いた状態)
ベンチプレス:【体重の 1.25倍 〜 1.5倍】
- 目的: 投球や打撃に必要な、上半身の押し出す出力の獲得。
- 上限の根拠: これ以上の過度な筋肥大(胸や肩周りの厚み)は、野球に最も重要な「肩甲骨の可動性」を妨げるリスクが高くなるため、1.5倍が明確なゴールとなります。
スクワット:【体重の 1.8倍 〜 2.25倍】
- 目的: 下半身の巨大な「地面反力」を得るための最強の土台作り。
- 上限の根拠: 体重の2倍前後に達すると、球速やスイングスピードとの相関関係が頭打ちになり始めます。これ以上重くしても野球の動きには直結しにくくなります。
デッドリフト:【体重の 2.0倍 〜 2.5倍】
- 目的: 大臀筋やハムストリングスなど「身体の裏側(ポステリアチェーン)」の力強い立ち上がり。
- 上限の根拠: 2.25倍〜2.5倍は、エリートアスリートが到達すべき最高到達点として支持されている数値です。
懸垂(プルアップ):【自重 + 20kgの重り】
- 目的: 上半身の「引く力」と「減速機能(ブレーキ)」の強化。
- 上限の根拠: 万歳した順手での懸垂。投げる・打つという爆発的な動作を受け止めるブレーキ機能として、+20kgの加重ができれば背部の強靭さは十分です。
これらの数値に到達できれば、野球選手としてのフィジカル(土台)は完成クラスと言えます。
グラウンドで測れる!パワー&スピード指標
バーベルを使わないフィールドテストにも、野球のパフォーマンスと極めて相関の高い「エリートの基準値」が存在します。
- 30mダッシュ:【第1目標 4.0秒以内 / 最終目標 3.8秒以内】
- 根拠: 3.8秒というタイムは、短距離における「爆発的な水平方向への加速力」を示すエリート基準です。
- 連続立ち幅跳び:【第1目標 8.0m / 最終目標 8.8m】
- 根拠:連続的な力の立ち上がり(水平方向のパワー)を測ります。3歩で8.0m〜8.8m跳べれば、投球速度と強い相関関係があります。
- メディシンボール投げ(2kg・前後):【第1目標 15m / 最終目標 20m以上】
- 根拠: 体幹の回旋力と全身の連動性を評価します。2kgで20m投げられれば、非常に高度な身体の連動が獲得できている証拠です。
コラム:最新テクノロジーを使った「速度」のトレーニング
もし、専用の機器(VBTデバイスやフォースプレート)が使える環境があるなら、重さだけでなく「速度」や「力の立ち上がり率(RFD)」を測るのが現代の最先端です。
投球動作の足の接地からリリースまでは「約0.15秒〜0.25秒」という一瞬です。
だからこそ、重いものをゆっくり挙げるより、中くらいの重さ(MAXの40〜60%)を「0.75〜1.0 m/s」の爆発的なスピードで挙げるトレーニングが、実際のプレー向上に極めて有効とされています。
実践環境の難易度が高い項目であることや、そのような計測ができる場所であれば個別に目標値等を示してもらえていると仮定して本記事では詳細は割愛します。
注意点:絶対に焦らない!「今の自分」からスモールステップで
最後に、一番大切なことをお伝えします。
今回お伝えした数値は、あくまで「最終的な遠い目標(上限)」です。
これを見たからといって、「早く最終目標に到達したい!」と焦って、いきなり重たいバーベルを担ぐのは絶対にやめてください。怪我をしてしまっては本末転倒です。
今の自分ができること(短期目標)から、一歩ずつ進んでいきましょう。
- ベンチプレスができないなら、まずは「綺麗なフォームの腕立て伏せを10回×3セット」を目標にする。
- スクワットで重りを持つ前に、まずは「股関節の正しい使い方(ヒンジ動作)」を身につける。
1〜2週間、あるいは1ヶ月続けても数値が変わらない時期もあると思います。それでも焦らず、1ヶ月単位で小さな目標を設定し、身体の成長や柔軟性の向上と並行して、数年がかりで最終ベンチマークへ到達するという「長期的な視点」を持って取り組んでみてください。
まとめ
- 筋力トレーニングには「プレーに直結しなくなる上限」が存在する。
- BIG3+懸垂の「目標値」を知り、むやみに重さを追い求める罠を防ぐ。
- 上限に達したら、フィジカルから「スキル・技術」へ視点をシフトする。
- 焦らず、今の自分に「+α」の短期目標からコツコツと積み上げる。
今回の数値が、皆さんのトレーニングを組み立てる際の「1つの道しるべ」になれば嬉しいです!
怪我に気をつけて、強い土台を作っていきましょう!



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